0089:僕が僕であるために

初期パラメーター

どうして汝は、「汝として」生まれたのか。

どうしてわしは、アラブの石油王の息子じゃないのか。

それは、汝やわしが、今生きている「この人生」を生きようと、決めて生れてきたから、でしたね。覚えていますか?(0011)。

わしの人生には苦しいことが沢山ありましたけど(0050)、汝らの人生にだって、負けず劣らず、キッツイ体験が沢山あったんじゃないかと思います。

苦痛の感じ方は、人それぞれです。わしはちょっとした運動ですぐバテてしまうんだけど(0050)、人によっては、どれだけ体を動かしても、動かし足りないということもあると聞いています。うらやましい(笑)。
(^~^ )

ココロの在り方も、人それぞれですよね。

同じつらい経験でも、翌日にはケロッとしている人もいれば、何年も何年も、ずっとそれがココロを締め付けてしまうような人もいます。

そんな、人それぞれ、様々な特徴をもって、わしらは生れてきます。誰一人として、同じ人はいません。全員が、それぞれに特徴を持って生まれてきます。

もちろん、そういう「初期パラメーター」のようなものも、事前に決めてから生まれてきます。汝が体験する人生に、ぴったりのココロカラダアタマで、汝は生れてきます。



未来はすでに起こっている

こういう話をすると、必ず

「そんな馬鹿な!」

という感想をもつ汝が現れます。

特に、今、人生が辛い、と感じている汝なら、なおさらです。

体が不自由であったり。
精神に不調があったり。

そういうとき、それらのことも「生まれる前からそうなると決まっていた」という話は、とても信じられないと思います。

でもね・・・やっぱり、そうなんですよ
(^~^;)

未来というものは、わしらにとっては未知の時空ですけど、一つ上の次元から見ると、それは既に存在するもので(0056)、ちょいちょい変わったりするけど(0058)、全体的に見ると、一本の軸のようなものだ0065)、ということを、以前書きました。

もう一度書きますけど、「人生」というものに意味や目的があるとするならば、わしらはその「意味や目的」にそった人生を歩むよう、

最初から設計されていなければならない

ということが言えます。

ビジネスの世界でよく言われる「PDCA」のようなものですかね。

Plan(計画)
Do(実行)
Check(評価)
Action(改善)

わしらが今、体験している「人生」というのは、PDCAの「DO」にあたるものです。

最初の「Plan」は、生まれてくる前に、全部計画されている、ということですかね。

後半のふたつは、わしらには見えませんけど(時間の「外側」をわしらは五感で検知できません)、神さまの視点では、ちょいちょい行われているとわしは考えています(0058)。

なので、人生全体の「設計図」のようなものがあって、わしらはそれをなぞっている、と考える方が、理屈の上ではより自然なのです。

わしはこの「時間と空間」の、地獄世界での流れを、レコードのミゾにたとえて説明しましたね(0011)。あと、遊園地の海賊ボートのようなものだとも(0051)。シナリオ、と呼んだりもしています(0059)。

というわけで、やっぱりわしらは、今の自分を体験しよう!と思って生まれてきています

なので、先に挙げたような身体的・精神的苦しみも、先天的・後天的を問わず

自分で選んで、生まれてきている

という理解が、正しいのではないかと、わしは考えています。


積極的に「悔やまない」と決める

結局、こういったことで人生が辛いとき、大事なのは、「悔やまないこと」じゃないかと、わしは思います。

汝らも、今の自分を見て

「情けない」

とか

「こんなはずじゃない」

とか

「ついてない」

とか

「こんなの自分じゃない」

とか、そういう風に思ってしまうこと、あると思います。わしも結構、しょっちゅうあります(笑)。
(^~^;)


だけどね、悔やんで、そのことでココロをいっぱいにしても、好き嫌いゲージ(0015)は上昇しません

そりゃそうですよね。「好きじゃない」んだから。

わしらが幸せになるには、好き嫌いゲージが「好き」寄りになることが、大切なんでした0029)。なので、ゲージが下がりっぱなしの状態を放置していては、人生は辛いままです。


現状を認識して「違う、そうじゃない」0087)と思うことは、とても大切な事なのですが、そのことを「悔やんで」ばかりいると、幸せになるチャンスを見逃してしまいがちになってしまいます


だから、大事なのは、「勝ち続ける事」(尾崎豊風)ではなく、

あきらめる

ことだったりします(!)。

次回は、この「あきらめる」について、書いていきましょうかね。人生が辛い時、結構大事な話になると思います。

でもあれですよ、わしの話は与太話だと思ってください。信じ込まないこと。

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